秘密の地図を描こう
01
「……どうして、キラを?」
確かに、自分達はプラントから見れば《正義の味方》とは言えないかもしれない。
特に、ザフトの切り札と言える二機のMSを奪取した形になったと言う点では、だ。あの二機がザフトの手にあれば、結果は違っていたかもしれない。
だが、キラはオーブの人間だ。
そう考えれば、彼に対する処罰はオーブに任せるというのが妥当ではないか。
「彼の体は、今、動かすことはできないから、ですよ」
姫、と言ってきたのは黒髪の人物だ。
「今すぐに治療を始めなければ、命に関わります」
決して彼を処分するためではない。彼はそう続けた。
「デュランダル様、それは本当なのですか?」
静かな声でラクスが問いかける。
「……えぇ。最後の戦いでフリーダムは傷ついていた。それ以前に、彼は大けがを負ったことがありましたよね?」
その言葉で真っ先に思い浮かんだのは、オーブ近海の無人島で行われたあの戦いだ。
キラとアスランが本気で殺し合った、あのとき。
マルキオの言葉ではキラの体にはストライクの大きな破片が突き刺さっていたという。
「あれだけ大きなけがですと、傷がふさがっても完治というわけにはいかないのですよ。しばらく不具合が出ることが多い」
だから、普通は復帰するまでに時間をかける。しかし、キラにはその時間が与えられなかった。
「その上、最後の戦いの後の一件がありましたから」
自分達は気づかなかった。
キラだけが気づいた、パトリック・ザラの妄執。
それを阻止しようとしたことで、彼はさらに体に負担をかけてしまったらしい。
「オーブでもここと同じレベルの医療が受けられるとは思えませんし……」
何よりも、ブルーコスモスとその関係者がどう動くか。それがわからない、と彼は続けた。
「……ですが、こちらでもキラは安全だと言えますの?」
ラクスがデュランダルの真意を探ろうとするかのようにその瞳をのぞき込む。
「私が責任を持ちましょう」
そう言ってデュランダルは微笑む。
「治療の面も含めてです」
だから、安心してほしい。そう言われてもすぐにはうなずけない。そうできるほど、自分は彼を知らないのだ。
「ディアッカ・エルスマンはこちらに残るのです。彼にはいつでも会えるように手はずを整えておきましょう」
もっとも、彼の方にその時間があるかどうかがわからないが。そう付け加えられたのは、彼がザフトに残留することを選んだからだ。
「……そうですわね。当面は、それでいいことにしておきますわ」
考え込んでいるカガリの脇で、ラクスがそう言って微笑む。
「わたくし達はここを去らねばならないのは事実です……本当はおそばにいたいのですが」
プラントに混乱をもたらした責任はとらないわけにはいかないだろう。だから、と彼女は続けた。
「それは仕方がないことだとはわかっています」
少しだけ、彼を見つめる視線に力を込める。
「ですが、キラの働きがあったからこそ、戦争が終わったことも事実。それをお忘れなきよう」
言外に、キラに何かあれば即座に彼女は動く……と告げてた。
それがプラントにとって恐ろしいことなのかどうかはカガリにはわからない。だが、デュランダルの表情から判断して、あまり歓迎できないことのようだ。
「心しておきましょう」
ため息とともにデュランダルは言い返してくる。
「お願いします」
この勝負はラクスの勝ちか。ならば、当面は大丈夫だろう。
「後は……あいつを呼び戻しても大丈夫なようにオーブを安定させるだけだな」
カガリは小さな声でそう呟いていた。
だが、その願いは三年たってもかなえられることはなかった。